【連載コラム】 教えて‼︎ケンジ代表~~~ッ! Vol.9~ 久保賢司の格闘家としての一面※極秘情報アリ~前編
皆さんこんばんは!
さて、本日は第9回目のコラムです(^^)/
今回は、ちょっといつもと違ったテーマ、<このコラムを書いている久保賢司とは?>というものを、話していきたいと思います。
普段わたくしは、CECジャパン株式会社という会社の社長をしていて、K-1ジム五反田とK-1ジム蒲田の2店舗のジム運営をしています。
簡単なプロフィールとしては、
17歳の時にニュージャパンキックボクシング連盟という団体でプロデビュー、18歳で7戦7勝(7KO)というパーフェクトレコードでチャンピオンになりました。どやっ('ω')ノ
※この頃は清純派キャラでした(笑)
そのまま、8戦8勝(7KO)でWPMOという世界タイトルをタイで獲得しました。※当時はこれが日本の最年少記録だったみたいです。どやっ('ω')ノ※2回目
そんなこんなで、K-1甲子園に出場して初黒星を喫したり、タイに3ヶ月間住んで当時伝説だったセーンチャイ・ソー・キングスターに弟子入りして、<ケンジ・ソー・キングスター>の名前でラジャダムナンスタジアムで試合したり(意外と知られていない豆知識w)、移籍問題で兄・久保優太と共に2年間干されて、トレーニングしながらアルバイトを初経験+家賃2万円のボロアパート暮らしを経験したり、まぁ色々ありまして・・・
20歳で現役復帰して、23歳くらい(?)の時に他団体で再度チャンピオンになり、キックボクサーを引退してプロボクシングに転向。
ボクシング時代には色々な出来事がありまして・・・
※今まで一度も語る事はなかった事だけれど、ここは長くなるので、また後日このコラムでお話します。
26歳で現役を引退、K-1ジム五反田をオープンする事になります。
はじめは形上、話題性があるので現役選手だった兄を代表に立て、チーフトレーナーとしてジム経営をしていました。
経営の“け”の字も知らない、社会人経験0の元格闘家の僕には、まぁ大変な日々の連続で、オープン前1ヵ月からオープン後3ヵ月ぐらいまでは、当時一緒に暮らしていたノエル(チワワ)を知人に預けて、僕は毎日ジムに泊まり、リアルに睡眠時間は3時間無いぐらいだったなぁ。
でも、格闘家をやってきたおかげでトレーニングをしなくなってマジで体力があり余っていて、踏ん張れた気がする!
頭はくそバカだけど、気合と根性で乗り切った(´・ω・`)
初めてやる経営はとても楽しくて、毎日新しい発見があったのを今でも鮮明に覚えています。
そしてその後、色々あって・・・色々ありすぎて・・・
周囲には絶対に否定していた、まさかの現役復帰を遂げる事になります・・・
それも、K-1の世界トーナメントで・・・。
この辺の事も、実はあまり詳しくは語っていないので、次回のコラムで!!
格闘技にひた向きに打ち込んでいた純朴な少年が、数年の時を経て実業家の道に転身した矢先、何故こんな悪魔に憑りつかれたような姿になってしまったのか・・・(笑)
皆さん、是非また来週のコラムも読んで下さいネ!!
それでは3連休、楽しんで下さい(^^)/