【連載コラム】 教えて‼︎ケンジ代表~~~ッ! Vol.11~ 久保賢司の格闘家としての一面 プロボクシング暗黒時代クライマックス・・・編~
皆さんこんばんは!
しばらく更新が滞ってしまっておりました(´;ω;`)ウッ…
さて、前回の続き…
ボクシングデビュー戦で世界ランカーに勝利し、2戦目で別の世界ランカーにぶっ飛ばされて、インドネシア王者相手にクソしょっぱい判定勝利をし、日本ランカーにダウン2回奪いながらも判定負けし、方向性がよくわからなくなってきたところから・・・(笑)
今だから赤裸々に告白出来るけど、ここからが暗黒時代でしたねぇ。
自分は本当にこれをやりたいのか、正直、モチベーションを保つ事に必死でした。
なにが一番しんどかったかって、サポートしてくれる人が沢山いた事なんですよね。
応援してくれるファンの人達、僕の為に一緒にボクシングの世界に来てくれて毎日マンツーマンで指導してくれる積田トレーナー、年間契約しているスポンサー企業、毎試合応援に駆けつけてくれる友達、必死に動いてくれているマネージャーやジム関係者・・・
試合をする事がツラいなんてとてもじゃないけど言えませんでした。
沢山の人を裏切らないように自分の意志をごまかしながら毎日トレーニングを積み重ねていき、この時にはもう既に、練習を苦痛に感じ、試合をする事に恐怖を感じていました。
悪戦苦闘する日々の中で、ついにその時が来ました。
ある日本人選手との試合。
序盤から攻勢に試合を進め、2Rか3Rに良いパンチがクリーンヒット!
「よし、ここから攻め込むぞ!」
と思った瞬間・・・
「ストップ!」
一瞬何が起こったのかわかりませんでした。
自分の右手が高々と上げられ、レフェリーストップによるTKO勝ちになった事がわかりました。
次の試合も同じ形でTKO勝利をしました。
パンチ連打からのレフェリーストップ。
会場をシラケさせてはいけないと、ガッツポーズをし、無理やり観客に勝利アピールをしながら、
「自分はいったい、何をやっているんだろう?」
ふっと変に冷静になった自分がいました。
ボクシングは、K-1やムエタイ、キックボクシングよりも危険が多い競技です。
顔面に打撃が集中し、長いラウンド被弾し続けます。
事故が起こるほとんどが、一撃バコーン!のKOでは無く、コツコツパンチを被弾し続ける軽量級の試合です。
現にこの時期にあった死亡事故も、最軽量級の判定までいった試合でした。
事故が起こる度に「ストップが遅い!」と責められるレフェリーの方々は本当に気の毒です。
亡くなった方や関係者から批判を受けるかもですが、僕は自分の事を<商品>だと認識してリングに上がっていたので、リング上で選手が死んでレフェリーや大会関係者に責任が及ぶのはおかしいと思っていました。
実際に僕は、目の病気でJBC(日本ボクシングコミッション)から試合出場を止められ、「失明しても一切異議申し立てしません」といった覚書を書いていました。
そんな訳で、レフェリーストップが早くなるのは至極当然の事ですし、それが世界規模のボクシングというスポーツです。
結論、僕が子供の頃に憧れたのは”スポーツ”ではなく、K-1やPRIDE等のド突き合いのエンターテイメントでした。
こうして僕は、20代半ばで引退を決意しました。
あれだけ嫌だった試合も、最後の試合の時は、なんとも清々しい気持ちでした。
同時に、モチベーションが急落してからの数試合、応援してくれた方々に嘘をつき裏切り続けてきた事を本当に申し訳なく感じていました。
このタイミングでありがたい事に自分がジムを持つという話を頂き(最初は現役選手である兄を代表に立てていました)、完全にプレイヤーから足を洗う事になりました。
この時は、まさか自分が、変わり果てた姿で再びリングに上がるなんて、考えてもいませんでした・・・(笑)
という訳で、僕の自己経歴紹介は次回を最終回にしましょう(^^)/
それではまた!!!